傍にはいつも・・・

ケータイ小説はブログともSNSとも違うけど、何だか不思議と色んな人との繋がりを感じる。どうしてだろう?分からないけど、とても暖かい存在に思える。

眼精疲労を予防するためにしていること

7月 14th, 2014 12:55 PM

目が疲れたときは遠いものを見るといい、パソコン作業をするなら一時間に数分はそうしたほうがいいと言われ、実践しています。遠いものといっても自室の窓からぼんやり外を眺めるくらいです。それで効果があるのかはわかりませんが、薄暗い部屋から明るい外を眺めると、気持ちは元気になる気がします。前は、パソコンを使うのに部屋が暗くては目が悪くなる、と部屋には煌々と明かりつけていました。それまで、目が疲れて仕方がなかったんです。しかしどうやら、部屋もパソコンの画面もある程度暗くしたほうが目は疲れないようですね。画面の明るさを調節して、部屋も昼間は窓から差し込む光だけにしたら、今までよりは眼精疲労もましになりました。なんでも、パソコンや携帯の画面は常に明るいけれど、人はそれだけ明るいものを長時間見るようにはできていないとのこと。ブルーライトカットのメガネがいいとはいいますが、それにはまだチャレンジしていません。帰宅するとオンライン小説を読み、寝る前には携帯でも読んでいるのですから、早々に試したほうがいいのでしょうが……。視力は一度悪くなったら手術でもしない限り、回復はしませんものね。まだまだ長く使う目ですから、大事にしなければと思います。

ビニール傘に降る雨粒

6月 22nd, 2014 5:54 PM

雨が降った日に、傘をさして外に出ました。いつもは雨が当たると模様が浮かび上がる、ピンク色の傘を使っています。でもその日はちょっとそこまで行くだけだったので、外に出ていたビニール傘を使いました。色はなく、透明なものです。それをさして外に出たら……雨なのに、外が明るいんですよ。透明だからわずかな光も入って来るんでしょうね。子供の頃、長靴をはいて水たまりにばっしゃんと飛び込んでいたことを思い出しました。あの頃は雨がとても好きでした。傘にあたる雨音も、どろどろの水たまりもなぜか楽しかったんですよ。それがいつしか雨は面倒なものになってきて、今は「今日は雨」と思うだけで憂鬱です。でも使う傘をビニールのものに変えるだけで、こんなにうきうきした気持ちになれるなんて!傘越しに見える雨粒が、わずかに差し込む日差しにきらきらして、とてもきれいでした。今度から使う傘はビニールのものにしようかな、と思うほどに気に入りました。もうすっかりいい大人なのに、何十年もさかのぼって、小さい子供に戻ったような気分です。「もういい加減お家入ろうよ」と母に言われていた当時。雨でも晴れでも楽しかったとき。あの頃の無邪気な幸せが、また手に届いたような気がしました。

ネットと携帯で感じる時代の変化

6月 14th, 2014 1:52 AM

先日、友達に進められて買ったドラマCDなのですが「中に手紙が入っているから」と言われました。商品自体の中に含まれている手紙だそうです。何のことかと思ったら、CDのパッケージの中に本当に封筒が入っていました。CDを聞いてからそれを読むと、ドラマの内容がより楽しめるというものらしいです。さらに公式サイトにはこのCDを基にしたショートストーリーもあるということで、最近はこういったものの楽しみ方も変わってきたなあと、改めて思いました。テレビのCMでよく「○○とネットで検索」なんて出るものもあります。小学校でもパソコンの使い方を習うようですし、今の時代はインターネットありき、なのですよね。パソコン、携帯電話、タブレット。いつでもどこでもインターネットをすることができて、それが当たり前になっています。昔は電話といえば固定電話で「夜九時以降は失礼なんだから、電話しちゃだめよ」などと母に怒られたものですが、今は個人直通の携帯電話、夜中でも友達から連絡があったりします。これが時代の変化、文明の発達なんだよなあ、と古い時代を知る私は、時々、漠然と驚いています。私の世代でそうなのですから、父が携帯メールができないのも納得です。

祖父のご朱印帳

5月 24th, 2014 5:23 PM

祖父と祖母が眠っているお墓に、お参りに行きました。水をかけて墓石を洗い、石畳を掃除して、花を供えて線香をあげる……その間は、いつも祖父母のことを考えています。祖母の作る料理といえばすきやきで、お肉が苦手な私はいつも食べるのに苦労したこと。でも祖母は食事よりも、ビールとチョコレートが好きだったこと。器用な祖父が竹とんぼをつくってくれたこと、お寺の話をたくさんしてくれたこと――。祖父母はふたりとも、信心深い人でした。二人の愛用していた小さな本棚は、祖父が好きな大工仕事の本と、お寺の本、それとお寺に行くときに使っただろう地図でいっぱいで、子供だった私には正直全然面白くありませんでした。でもご朱印を集めたご朱印帳を見るのは好きでした。もちろんどのお寺の物などということはわかりませんが、色々な形のハンコと、そこに書いてある文字のきれいなことが興味を引いたんです。筆でこれを書かなくちゃいけないんだから、地の下手の人は和尚さんにはなれないね。そんな話を、祖父としました。祖父母が亡くなってもうだいぶ経ちます。両親も私も信心の気持ちは引き継いでおらず、年に数度お墓に行く程度です。年を取ったら祖父のように、お寺が好きになるのかな。そんなことをぼんやり考えています。

おしゃれよりも、家が好き、本が好き

5月 12th, 2014 11:59 PM

朝起きたら、首の真ん中に赤いできものができていました。私は肌が白いので、とても目立ちます。「ねえねえ、キスマーク!」と母に言ったら、大きなため息とともに「明らかに虫さされでしょ」と言われてしまいました。母は私に年相応の色気がないことを常に嘆いていますので、まったくこの子は……と呆れたんでしょうね。とりあえず「服装に色気がない、最近は高校生でもお前より色気がある」と常々言われています。はい、反論できません。大抵パンツにTシャツ、夏はそのまま、冬はパーカーですからね。お化粧も必要最低限ですし、そもそも髪を切る理由が「セットが面倒だから」では確かに女子力は低いでしょう。女の子を産んだはずなのに、なんて小さい頃から聞いていますねえ。若いうちにかわいい服を着て、おしゃれを楽しみなさいと昔はよく言われました。年をとったら着たくても着られない服もあるから、と。たしかにそうかもしれないけれど……私、職場と家の往復ですからね。ときどき本屋と病院とスーパーが入るけれど、基本的に道筋は変わりません。出歩くのが好きな人には苦痛の日々かな。でも私は何より家が好き。本が好き。手間がかからず清潔な服装であれば、問題はないと思うのです。

喧嘩に必要なエネルギー

4月 22nd, 2014 10:34 PM

久しぶりに、友人を怒らせてしまいました。もちろん怒らせるつもりはなく、失言です。でも彼女はいたくお怒りで、もう私と話したくないという感じで……わたしもそれなりにきついことを言われたので、距離を置くべきと今、冷却期間に突入しています。大人になって、人と喧嘩をすることは本当に少なくなりました。子供の頃は友達と、あるいは兄弟と、しょっちゅうしていましたからね。それだけ丸くなったとも、怒りに費やすエネルギーがなくなったとも言えるでしょう。だから今回の喧嘩は新鮮で、どうしていいか頭を抱えてしまいましたね。そして、怒れる相手にすごいなって思いました。私はわりと、嫌なことがあっても言わないタイプです。自分が我慢してすむことなら意見はしません。だってその方が世の中丸く、安全におさまるから。物事に波風を立てたくないんです。でも彼女は不満があるとすぐ口にするし、自分が間違っていると思ったことはとことん追求するタイプ。どっちがいいとか悪いとかじゃなくてあくまで性格の差だとは思いますが、疲れないのかな。疲れますよね。だから、怒っている彼女を見てもなんかすごいななんて思っちゃたんですよね。って、こんなこと言ったら、また怒られてしまいそうですけどね。

本に赤線を引かずに読みたい理由

4月 13th, 2014 11:32 AM

友達は本を読む時に必ずといっていいほど、気になる文章や大切だと思う文章に赤線を引き、ページを折りながら読むのだそうです。そう読まないと頭に入っていかない、というのです。もちろん小説ではなく、勉強するための本のようですから、そうやって読む人は多いかもしれませんね。ただ、私は本に線を引いたり、ページを折るのは苦手、というかできない性格です。本はキレイに読みたい、と思ってしまうのです。読んでいれば、「このフレーズは覚えておきたい」とか「このセリフは覚えておきたい」といったことは多々あり、それをチェックすると後で楽なのでしょうけれど、それをしたくありません。なぜそんなにイヤなのかと考えました。それは、きっと本の中のデザインを壊したくないから、のような気がします。
本の表紙のデザインはもちろん、紙質などにもこだわって本は作られます。挿絵なども含め、本文も文字色を濃い紫にしてみたり、ノンブルの位置を変えてみたり、おしゃれな文字スタイルにしたりと工夫がなされ、本文も美しく整えられていたりします。その美しさを壊したくないのでしょう。もちろん、読みやすい文字の大きさや文字間もそうですが、細かい点にまでこだわったデザインも大事にしたいと思うのです。それがいいことかどうかは分かりませんが、そういった理由で赤線などを引かずに読みたい、と思ってしまうのでしょう。

不器用な私がやりきった仕事

3月 30th, 2014 9:32 PM

知り合いが小さな劇団を作っていて、公演があるから受付を手伝ってほしいと言われ、手伝いに行きました。何度か受付は手伝っているのですが、だいたいパンフレットをお客さんに渡す、という単純な仕事でした。しかし、今回は人手が足りず、お客さんからの差し入れを預かる係、という担当になってしまったのです。それは大変です。なぜなら私は人の3倍くらい不器用だからです。周りはその不器用さをよく知っているので、受付の手伝いも「手」を使わない単純な作業を担当させてもらっていたのですが、その時ばかりは猫の手も借りたい状況だったらしく、私がその差し入れ担当になってしまったのです。
やることはそう難しくはありません。お客さんが役者さんなど劇団員関係の人に、花束やお菓子の差し入れを持ってきたら、紙に名前と誰宛てか、というのを書いてもらい、預かった差し入れにその紙をテープで貼るだけ。それだけです。しかし、それだけの作業が私にとっては困難なのです。テープを扱えば、うまくカットできない、違ったところにテープを貼ってしまう、テープが指紋だらけになる、紙にテープを張る位置がズレる、といったさまざまなことが起こります。でも、私はやり遂げました。200もの差し入れをとにかく預かりました。預かっただけですが、みなさん、褒めてくださいました。途中、何度かパニックになりましたが、何とか預かることができました。このような満足感を得られたのは久しぶりでした。もしかしたら少しは器用になったのかもしれません。ただ、その後の受付のオファーは来ていませんが。

悲しい本を読んで泣き過ぎた後の恐怖

3月 6th, 2014 9:31 AM

世の中に悲しくて泣ける本、というのはたくさんあります。自分も今まで、本を読んでいて涙が止まらなくなってしまったことも何度もあります。恋をしている時やつらいことがあった時など、心が敏感になっている時に悲しいストーリーの本を読んでしまうと、悲しさ倍増ですね。
過去に東野圭吾さんの「秘密」を読んで、泣いてしまったことがありました。悲しくて泣きはらした後、かすかな疲労感とともに、まぶたのむくみと鼻の痛みを感じましたが、それほど気にせず眠りにつきました。そして次の日、鏡で自分の顔を見て、今度は別の意味で泣きたくなりました。
鏡に映ったのは、腫れぼったくなっている瞼と、鼻の縁、鼻の穴の周りが真っ赤にただれている顔。悲惨な顔でした。目は泣き過ぎてこすったせいでしょう。鼻も涙とともに止まらなかった鼻水をティッシュで思い切りかんでいたからでしょう。慌てて、タオルを冷やし、目の周りに当てて瞼の腫れをひかせましたが、どうにもならないのは鼻の縁です。ファンデーションを塗っても無駄です。かろうじて上を向かなければ、それほど気にならなかったのは幸いでした。その日は一日、うつむき加減で過ごしたのは言うまでもありません。
そうは言っても、鼻がただれるのが怖くて悲しい本は読めません。今後もたくさんの悲しい本も読んでいきます。そのためには、経験を踏まえて、鼻をかむ時にはていねいに、ティッシュもやわらかいものを選んでかむようになりました。涙が去った後も、楽なものではないですね。

失くし物が見つかるうれしさ

2月 23rd, 2014 10:30 AM

私の住み家はマンションの3階なのですが、強い風が吹いた後などはベランダに物が落ちていることがあります。20階建てなので、上の部屋からの落とし物というか、風のいたずらなのでしょうが、チリトリなどもベランダにちょこんと置いてあることが。一度、子供用のシャツがベランダに落ちていたことがありました。きっとベランダに干していた物を風がここまで運んできてしまったのでしょう。子ども用のシャツは小さくてかわいいですね。ちょっと汚れていました。そのまま受付に持っていってもよかったのですが、何となく汚れたままではかわいそうな気がして、お洗濯をすることに。でも、他人の家で洗濯されたものなんて嫌かな?とも思いましたが、きっともう一度洗濯し直すことだろうと思い、お洗濯をして、乾かし、受付に持っていきました。ちゃんと持ち主にかえるといいのですが。
持ち主にかえるといえば、ある日ポストに「迷子の猫を探しています」という紙が入っていました。マンションの住人の飼っている猫です。心配していたら数日後、今度は「猫が見つかりました」という紙が。どこで見つかったかなどは分かりませんが、ちゃんと飼い主の元に戻ったようで安心しました。他人のことですが、同じマンションということもあり、うれしかったですね。